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スカシユリ 一輪咲きだしました

2025-06-28
スカシユリ 花被片の付け根付近がやや細く、すき間が見える ことから「透かし」百合 やや下向きにつつましく咲く他のユリとは違い上向きに花 を咲かせます。また、香の全くしないユリです 
 ユリは独特の強い芳香がするため、山を歩いていてもその香からササユリの存在にきずくことがある。
しかし、このスカシユリは全く香りがしません。
強い香りのする花は仏壇に添えることは禁忌でユリ科はダメとなっていますが、このスカシユリは全く匂いがしないため、これは仏壇に添えてもいいそうです。
オニユリです 花はまだですが、下向きに咲きます。 葉の付け根にムカゴ(➡)を付けるのが特徴です 近縁種のコオニユリは山地の草原に咲き、オニユリとよく似ていますが、一回り小さく、ムカゴはつきません。
 オニユリの葉の付け根に黒豆のように見えるのがムカゴです。栄養を蓄えた腋芽が肥大したもので、新しい株を作るための繁殖器官です。
オニユリは種子を作らないため、ムカゴによって繁殖します。秋になると地面に落ち、翌春に発芽して新しい株となります。
食べられるとなっていますが、観賞用のオニユリのムカゴは気をつけなければなりません。
山芋のムカゴは美味しいですね。富山県の山間の民宿ではよくムカゴ飯がでますね 
ヤマノイモのムカゴ 2023.10.8 能登島  たくさん採って帰りムカゴ飯作ってもらった。美味しかった

オニユリの近縁種 コオニユリ 山地に咲きます  オニユリとの比較です

2025-06-29
コオニユリ 2023.8.13 滋賀県 伊吹山
オニユリ 2020.7.23 輪島市 舳倉島
 伊吹山で見たコオニユリ舳倉島で見たオニユリの比較です
コオニユリとオニユリはパッと見た目では違いがよくわかりませんが、コオニユリはオニユリに比べ一回り小さく、ムカゴが付きません。しかし、一番の見分け方は花被片()がなだらかに反り返っているのがコオニユリでオニユリはくるっと巻いて開く点がわかりやすいです。

伊吹山(滋賀県)では色々な植物が見られました 2023.8.13

2025-06-30
前日に載せた伊吹山のコオニユリ  伊吹山では色々な植物が見られます
イブキジャコウソウ 2023.8.13 滋賀県伊吹山 伊吹山で最初に発見されたことより名づけられましたが伊吹山固有種ではありません            
イブキジャコウソウ 2024.8.13 礼文島  最北の地 礼文島でも見られました
ルリトラノオ 2023.8.13 滋賀県伊吹山 固有種
クガイソウ  ルリトラノオとどう違うのかと問われれば マニアックの世界となります 雰囲気で(^^♪
イブキアザミ
イブキトラノオ
白花のミヤマシャジン
サラシナショウマ
伊吹山山頂
 山頂には日本武尊の像がたてられていました。
伊吹山は「古事記」や「日本書紀」にその名が記され、日本武尊の伝説にも登場する歴史的な山です。
 20代に一度登ったことがあるが、その当時はこんなものはなかったし、今ほどたくさんの売店もなかったと記憶しているが,もう遠い昔の話で記憶も定かでない。

石川県最北の地 舳倉島に見られた植物 2020.7.23 今だ運航休止中 能登半島の一日も早い復興を切に願う

2025-07-01
R.6年1.1 PM.4:10 能登半島地震 復興はまだまだですが、皆頑張っています。
 舳倉島は能登半島輪島港から約50Kmに位置し、フェリーで約90分かかる石川県最北端の孤島です。周囲は約5KM、海抜高度は最高地点で12.4mです。
夏場は海女さん達によるアワビ、サザエ、ワカメなどの採介藻漁業が盛んなところで、別名”海女の島”とも呼ばれ、また、渡り鳥の中間地点で多くの野鳥が観察されバードウォッチングの名所となっています。また、珍しい多くの植物も見られますが、私たち素人目ではなかなか見分けることは難しいです。
現在は港の隆起などのために、フェリーは運休となっていますが、再航に向け復旧作業が進んでおります。早く復旧することを願っています。
冬場はほとんど方が本土に戻っておられ、震災当日は3人の方が島に残っておられました。大きな津波はさぞ恐ろしかったことと思います。2週間孤立しておりましたが、自衛隊のヘリコプターで無事救出されました。

 私の実家の家も大半壊となり、解体工事も終了しました。生まれ育ったところが無くなるものはさみしいものです。とりわけ95歳になる母は生まれてから一度も離れたことのなかった家でしたので、ショックも大きかったようです。震災の起きた時間私たち夫婦と母と3人でいましたが、私はちょうどトイレに入っている時でした。狭い空間でしたので、長くひどい揺れを感じましたが、いつもよりひどいなと感じるだけでしたが、トイレから出てびっくりでした。女房と母がいた居間の部屋は開かず、救出するのに大変で散乱のすごさ、居間が傾いているのにびっくりしました。
 クリニックは当日入院患者がいなかったのでよかったですが、心配ですぐ駆け付けました。途中の道路は何か所か亀裂が入っていました。
クリニックに着くと駐車場は満車状態。なぜだろうと思ったが津波情報で高台へと逃げてきた人たちでした。すぐクリニックを開けトイレを開放しましたが、水が出ない。中の散乱もすざましいものでした。
水はすぐ石動山のふもとの部落の多根町にすごい量で流れ出ている水場を思い出し、走りました。知っている方は部落の方以外は少ないようです。しばらくはその水に厄介になりましたが、いつ汲みに行っても誰もいませんでした。感謝です。
 七尾市では5人の方が無くなられましたが、私は七尾市の警察医をしている関係上、4人の方を元旦の夜通し検案しましたが、道路が寸断されており、本来なら片道15分ぐらいで行くところも1時間以上もかかりました。2名はお正月で帰省していた方でその運命のはかなさを感じました。

能登半島の奥の惨状に比べれば、たいしたものではありませんが七尾市もその惨状は大きいものでした。
皆と協力し合うことのありがたさ、大切さ、そして人のやさしさをつくづくと感じました。
 ある先輩が言いました。外科医に限ったものではないと思いますが「外科医は心の優しいものでなくてはやれないんだよ」と言っていたことを思い出しました。
早期の復興を願い 明日から舳倉島で見た植物を綴りたいと思います。

舳倉島①

2025-07-02
出航 am.9:00 この船に乗って
輪島港 平和な風景です 今は震災で海岸が隆起し使えていません 早くもとの風景に戻ってほしい 右端の種物はホテル八汐 閉鎖されました
 正面に見える小高い山は日和山と言って標高52mの山だが、周回し街並みを歩くと結構見どころがあります。
輪島は朝市で有名だが飲み屋はどの店に入っても美味しいし、また古びた街並みも残されており、私は非常にすきな街です。
一日も早い復興を願っています。

舳倉島と丁度中間地点にある七ツ島
 右の一番大きな島は大島と言って灯台があり、一等三角点が設置されています。元々は1つの大きな島で七つの峰が存在していたとみられています。
2万年前までは舳倉島とともに能登半島と陸続きであったが、1万6千年まえに舳倉島が能登半島から分離した後、1万4千年前に七ツ島が半島から分かれたそうです。
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